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計算ミスを無くす思考法

“計算間違い”の常識を知る

まず、大前提があります。この前提を無くして、計算間違いを無くす、ことは実現できません。何度も何度も思い返す必要があるくらい重要なことです。

の前提とは、「人は正確に計算できない」ということです。これが最も大切なことです。

人は、コンピュータではありません。なので、同じ入力をしても、時に全然違う出力が生まれることもあります。「計算間違い」があるというのは、コンピュータではないという証で、大変人間らしいことと思います。

ごくたまに、間違わないように計算をさせる教育もあるのですが、違和感を感じます。まず、間違うことは、人間のダメなところではないと考えています。間違うことはごく自然なことであり、間違いがあるから人は成長できるし、そういった”一種のランダム性”、”不確定性”が新たなイノベーションを起こす、とすら思っています。

テストでは、正確性が当然求められるものがありますが、正確なものはコンピュータがこれからの時代はやればよいのではないかと思います。

・・・もちろん、手入力、手計算等で間違いが許されないこともあろうかと思います。だから上記の表現は少し乱暴かもしれません。(笑)

現実的な案について考えていきましょう。

間違うけど、間違わないことが求められる

試験やテストで、人の能力を図るとき、計算間違いをしてしまうことは、非常にまずい行為となります。計算間違いをいかに無くすか。計算間違いをできるだけ少なくすることがやはり必要となります。

一番大切な視点といては、間違わないことを人に求めていること自体がおかしいことです。”仕組み”として間違わないようにするというほうがずっと重要です。

人間は間違えるし、不正確であることを受け入れて、いかに計算間違いを起こさない習慣を身に着けるか。いかにチェックするか。

そこに力を入れましょう。

 

電車の車掌さんはなぜ手を動かすか

不思議に思うことがあります。

一日何十本、何百本と電車を動かす車掌さんはなぜあんなに身振り手振り動かしているのでしょうか。あれだけの量を動かしていたら当然習慣化されているはずです。

電車の車掌さんがわざわざ指を向けて、声を出して、「OK!」とチェックしているのは、チェックすることを身体の動作を通じて、ちゃんと意識的に行うようにしているからです。

つまり、自分の無意識の作業を信じていないのです。チェックミスが人の命を奪うこともある電車の運行。ちゃんと身体を動かすという意識的な動作への習慣にすることで、ミスをゼロにするよう努力しているのです。

無意識化してしまうと、「なんかあっている!」と、自分の中で「合っている」ことを前提に考えてしまう節がありますので。

「自信作!!」と思いながら、原稿を書いたあと、一晩経ってから、自分の書いた文章をよく見てみると、書いた直後には見えなかった誤字脱字が大量に見えてきます。あれほど完璧!と思っても、全く完璧にはほど遠かったということを身をもって知るわけです。自分が不完全であることを知る機会は嫌というほど多くあります。

つまり、自分の無意識化に作業があるうちは、わからないわけです。一定の時間をおいてから、再度見るようにするとか、作業の手順を可視化して、動作と共に意識化しながら見ていくとか、そういうことをすれば、一つ一つ計算の正確性は増していくと思います。

以上が、計算間違いを無くす上での基本的な考え方です。

計算間違いを無くすことはできない。でも、少なくすることは、仕組みにゆだねるならできる。

ふと、中学受験向けの学習塾で働いていた時、計算ミスをよくする小学4年生の子を叱っている親御さんを思い出してしまいました。叱っても計算ミスはなくなりません

「仕組みを作るように意識を向けてほしい。」

心からの願いです。

もちろん、今回の記事でご紹介できなかった計算ミスを無くす細かいテクニックとしてはいろいろあり、またの機会に投稿していきます。

<文/堀口智之>