算数や数学の授業において、クオリティの差が生まれるのは、お客様が質問がしやすいかどうか、です。
なぜか。
数学は質問のしやすさですべてが決まる
気になるところを聞けるかどうかというのはお客様が算数や数学を理解する上では非常に重要な要素だからです。
たった一つの躓きが、他の躓きにつながってしまうことが多いのが、算数や数学という科目の特徴です。理解は100点じゃなければ必ずわかったとは言えないのが数学なのです。授業のペースを速めすぎると、何を言っているのかわからなくなる。でも早く進まないと目標を達成しない。そのせめぎあいの中で授業が進められていきます。
98点であっても、残りの2点が全くわからないと、小学校の時にはよかったのに、突然高校数学になると、ふわっとわからなくなることがあります。
たった一つ、割り算の理解の甘さが、分数についての理解で靄がかかり、反比例の式でわからなくなり、分数関数でさらに混乱していく、さらにその微分ともなれば、その関数の挙動が全く想像できない、・・・なんてことにもつながってくるわけです。
理解しているかどうかは外からはわかりづらい
しかし、講師としては、外から新たな算数・数学の知識を続けてお客様に渡すことはできますが、あくまで外部から刺激を与えているだけです。本当に理解しているかどうかは講師にはわかりません。
ただ、テストをしたら解けるかどうかがわかります。しかし、テストで解けたからといって、理解しているとも限らず、理解していてもテストで解けるとも限りません。テストは公式を活用する仕組みを使いこなす力が求められるので、理解していても解けないこともあるのです。
つまり、理解しているかどうかは意外と外からだと明確にはわからなかったりします。
そのうえでお客様が理解しているかの指標として重要なのが、言語化してもらうことです。
言語化すれば、何がわかって、何がわからないのかが明確になります。もちろん、言語化できる力があるというのはまさしく大人の特徴で、社会人を対象とした数学教室をやっているかからこそ、お客様の質問のしやすさが一つキーつながってくるのです。
質問のしやすさ先生とは
実は、一種の「親近感」です。お客様が親しみを感じているかどうかが大切なのです。しかし、その親しみとは、講師と友達のような感覚でいることではありません。先生がお客様に対して一定のリスペクトがあるときに生まれるのです。
お客様が思っている感情は一つ。「自分には数学ができない」という自信のなさです。特に”算数”ができないお客様はそういう傾向があります。
講師は数学ができる。でもだからといってお客様と比べて優れているわけではありません。”たまたま”です。ただ、数学という分野で出来ていただけです。だから、お客様に対して講師が一定のリスペクトをするとき、
「たまたまその分野がわからないだけ。質問してもよいんだ。」
という一種の許可がお客様の内側で起こるんだと思います。
これは、数学教室を始めてから想定外のことでもありました。もっとカリスマ性のあるイケイケの講師?の方がずっと、お客様に対して満足度が高いのかといったら意外とそうでもなく、講師の指導力は前提、どちらかと言えば、懐の深さ、一種の「人間力」がお客様の満足度、継続性の高い授業につながっているんだなぁと感じているのです。
満足度の高い先生ほど、謙虚な先生が多いと感じているのは、お客様に対する一定のリスペクト、尊敬の念が、結果的にお客様の質問のしやすさにつながる。
面白い構図が事業の中で見えてきました。
<文/堀口智之>